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東京地方裁判所 昭和34年(ワ)3492号 判決 1963年4月18日

原告 中山鉱業株式会社

被告 国

訴訟代理人 河津圭一 外三名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事  実 <省略>

理由

(事案の経過)

一、原告がマンガン鉱石の採掘を主たる目的とする会社であることは、原告会社代表者本人尋問の結果によりこれを認め得るところ、原告が昭和二六年初頃から長野県上伊那郡川島町字横川国有林大滝沢に大滝鉱山を開発し現在に至つていることは当事者間に争いがない。

次に成立に争いのない乙第二ないし第五号証、同第九号証の一ないし四、甲第一五号証の一、二、同第一六号証の一、二、証人市川忠勝、同上条久芳、同中山茂樹、同阿部信一郎の各証言、原告会社代表者本人尋問の結果を総合すると、原告は右鉱山開発の動力源及び労務者住宅用自家発電のため、水力発電所を設置所有する目的で、昭和二六年九月一七日、発電所敷、発電用水路敷及び堰堤敷として右大滝沢国有林の貸付を諏訪営林署長に出願し、同営林署長は同年一一月一六日、長野県上伊那郡川島村字横川一番地山林二九区ろ班〇、〇二二二町を発電所敷、発電用水路敷及び堰堤敷として期間昭和二六年一二月一日から昭和二九年七月六日まで、料金一ヵ年一〇〇円の約で貸付けることを承認し、昭和二六年一一月三〇日原告より請書を徴したこと、さらに原告は昭和二九年六月二三日右山林の継続貸付願を同営林署長に提出し、同営林署長は、同年七月三〇日あらためて同郡川島町大字横川一番地山林二九区ろ班〇、〇〇八七ヘクタール(発電所敷、水路敷、堰堤敷)及び同番地所在山林〇、〇五四ヘクタール(小屋敷、積場敷)合計〇、〇六二七ヘクタールの本件土地を、期間昭和二九年七月から昭和三一年八月まで(二年二ヵ月)、料金一ヵ年二六八円の約で貸付けることを承認し、昭和二九年八月七日原告より請書を徴したことが認められる。しかして原告が昭和二六年中に長野県知事から水利利用及び河川敷使用の許可を得たことは当事者周に争いがない。

さらに原告会社代表者本人尋問の結果により成立を認める甲第八号証、原本の存在及び成立に争いのない甲第一三号証、証人中山茂樹、同岸之信同上条久芳、同阿部信一郎、証拠保全手続における証人美才治要次郎の各証言(ただし上条、阿部、美才治の各証言については後記採用しない部分を除く。)、原告代表者本人尋問の結果によると、原告は右敷地上に、昭和二七年五月頃木造木羽葺二階建(建坪六坪、一階六坪)の出力一〇キロワットの水力発電所施設を設置し、右発電所から得た電力により鑿岩機二台を動かして採鉱にあたるとともに右電力を抗内、事務所及び飯場の照明にも利用して、大滝鉱山の開発を進めてきたことが認められ、証人上条久芳、同阿部信一郎、証拠保全手続における証人美才治要次郎の各証言中右認定に反する部分は採用しない。

二、昭和二八年頃被告が岡谷組に請負わせて原告の右発電所の直上部を通過する林道新設工事を施行させ、右工事が昭和二九年九月末頃右発電所上部附近に到達したこと、そしてその頃右工事による落石のため右発電所が破壊ないし流失し、これにより原告が損害を蒙つたことは当事者間に争いがない(ただし破壊された物件の明細及び損害額については争いがある。)。

(被告の責任)

三、そこで、被告が原告に対し右損害を賠償すべき義務があるか否かについて考える。

(一)  債務不履行による責任

まず被告が前記発電所敷地の賃貸人として債務不履行の責任を負うか否かについて検討する。

本件土地が国の所有に属する林野であることは当事者間に争いがなく、成立に争いのない乙第二ないし第五号証、証人阿部信一郎の証言に弁論の全趣旨を併せ考えると、右林野は国有林野事業の用に供せられていることが認められるから、本件土地は国有財産法施行令第二条第三号に該当し、国有財産法第三条第二項第四号の企業用財産たる行政財産であることが明らかである。そして国有財産法第一八条によれば、行政財産は、その用途又は目的を妨げない限度においてのみ使用収益させることができるのであるが、右の限度においては賃貸借契約を結ぶことも許されると解するところ、前記認定の昭和二九年八月七日原告が本件土地の借受請書を諏訪営林署長に提出したときに原被告間において右発電所敷地を含む本件土地の賃貸借契約が成立したものと考えるべきである。

ところで一般に賃貸借においては賃貸人は賃借人に対し目的物を契約によつて定められた使用収益に適した状態におく積極的な債務を負い、したがつて右使用収益を妨害する者があればこれを排除し、また目的物が使用収益に適さなくなつたときはこれを修復する義務があるものというべきであるが、賃貸人のこの債務の内容は特約により制限することも可能であつて、これを単に賃借人の使用収益を認容するだけの消極的なものとすることを妨げないものと考える。そして国有財産法第一八条が国有財産はその用途又は目的を妨げない限度において使用収益させることができる旨規定しており、本件土地が国有林野事業の用に供されていることは前述のとおりであつて、成立に争いのない乙第一号証、第三号証及び同第五号証、証人阿部信一郎、同上条久芳、同佐々木三雄、同伊集院辰三、同中山茂樹の各証言を総合すると、本件土地の賃貸借契約締結当時すでに被告は本件土地の直上部を通過する本件林道工事に着手しており、やがて右工事が本件土地の直上部に達することが予定されていたので、右工事に伴つて右土地上に岩石等が落下することにより原告の発電所に被害を与えることが予想されていたこと、そこで前記賃貸借契約締結にあたり、原告は自費をもつて右落下物に対する防護施設を完備し、右落下物による被害については国に対し損害賠償の請求をしない旨特約したことが認められ、右認定を覆すに足る証拠はない。しかして右の各事実を併せ考えると、本件土地賃貸借においては、被告は原告に対し妨害を排除し、これを修復して本件土地を積極的に発電所用敷として使用収益するに適する状態におく債務を負わず、ただ原告において右林道工事による落石等を防護する設備を完備し自ら使用収益できる状態を確保する限りにおいて、原告の使用収益を認容することを約したにすぎないものと認めるのが相当である。そうだとすると、被告はこのような認容義務に違背し、その責に帰すべき事由により原告の使用収益を妨害阻止したものでない限り、本件土地が使用収益に適さなくなつても、それだけで直ちに賃貸人としての債務不履行の責を負うことはないというべきである。

しかして、本件土地の使用収益が妨害されるに至つたのは、岡谷組が被告から請負つて施行した本件林道工事における落石によるものであることは前認定のとおりであるから、岡谷組のかような妨害行為につき前示被告の責に帰すべき事由があるといえるのは、民法第七一六条の規定の趣旨に従い、結局、右工事請負契約の注文者としての被告の注文又は指図について故意又は過失があつた場合に帰着するものというべく、前示被告の責任に帰すべき事由として原告が主張する事実もこの趣旨において理解すべきものと解する。そこで右工事につき被告の注文又は指図に故意過失があつたか否かを判断する。まず被告の注文の故意過失につき考えるに、これを積極に肯認するに足る証拠はなく、かえつて前顕乙第一号証、証人佐々木三雄、同伊集院辰三、同中山茂樹、証拠保全手続における証人美才治要次郎の各証言を総合すると、被告は岡谷組に対し、被告作成の設計図及び仕様書に基づいて本件工事をなすよう注文したが、右設計図及び仕様書に過誤があつてそのため本件事故が生じたものといえず、岡谷組においてはその自主的な判断によつて本件事故の発生を避けうる工事方法を被告は右請負契約に当つて岡谷組に対し工事に伴う落石等により原告の発電所を破壊しないような措置を講ずることを要求するとともに、右措置に要する費用を加算して請負代金額を決定したことが認められ、さらに証人野口ほ一の証言により真正の成立を認める乙第一一号証に同証人の証言を併せ考えると、岡谷組は大正九年以来右請負契約に至るまで三〇数年間にわたり主として官公署の土木建築工事を請負施工してきた土木建築専問業者であつて、昭和二九年当時には長野県内において請負高第一、二位を誇り、被告の昭和二八年度横川林道第一期工事をも請負いこれを完成したことが認められるのであつて、被告の本件注文に故意過失があつたものとは到底考えられない。次に被告の指図に故意過失があつたかどうかを考えるに、証人佐々木三雄、証拠保全手続における証人美才治要次郎の各証言によると、本件工事における岩石の切捨てについて被告は岡谷組に対し何ら具体的な指示をせず、それは全て岡谷組の自主的な判断によつて行われたことが認められるから、被告が指示を与えたことを前提として指図の故意過失を考える余地は全くない。そして、被告が岩石取捨に指示を与えなかつたことについて故意または過失があつたか否の点については、前顕乙第一号証によれば、本件請負契約書には、被告は岡谷組の工事施行について、自己に代つて監督又は指示をする監督員を選定することができ、監督員は契約書、図面又は仕様書に定められた事項の範囲内において、工事の施行に立会い又は必要な監督を行い、もしくは岡谷組の現場代理人に対し指示を与えること、及び図面に基づいて監督に必要な細部設計図もしくは原寸図等を作成し、又は岡谷組の作成する細部設計図もしくは原寸図等を検査して承諾を与えることができる旨規定し、また右契約書添付の仕様書には、本件工事施行の順序方法はすべて被告の係員の指示によること及び切取により生じた土石は右係員の指示により適当な土捨場に取捨てることを定めていることが認められ、証人佐々木三雄の証言によると、被告は殆ど毎日本件工事現場に係員を派遣していたことが認められるが、前記のとおり右契約が請負契約である事実に、証人伊集院辰三の証言を併せ考えると、被告が右のごとき指示監督の権限を有する旨を定め、かつ工事現場に係員を派遣したのは、ただ本件請負工事が注文どおりに完成することを確保するためにすぎないことが認められるのであつて、被告は岡谷組に対し本件工事の岩石の取捨その他の施行方法について具体的かつ詳細な指示監督を行う義務を負わず、もとより第三者に対してかかる義務を負担するものではないと考えられるから、被告が岡谷組に対し本件工事につき指示を与えなかつたからといつて、指示につき故意または過失があつたとはいえないと考えるのが相当である。

以上のとおりであるから、被告に本件土地の賃貸人として債務不履行がある旨の原告の主張は理由がない。

(二)  国家賠償法第二条による責任

次に原告は、本件損害は被告の本件林道工事の瑕疵によつて生じたものであるから、国家賠償法第二条にいう、公の営造物の設置に瑕疵があつた場合にあたる旨主張する。そこで考えるに、右工事によつて建造設置された林道が同法第二条にいわゆる公の営造物にあたることは明らかであるが、同条にいう設置の瑕疵とは、公の営造物の建造に不完全な点があり、その営造物が通常備うべき安全性を原始的に欠いていることを意味するのであつて、同条は右のごとき瑕疵ある営造物自体から生じた損害を賠償すべきことを規定しているが、営造物自体の瑕疵ではなく、営造物の建造に附随した行為から生じた損害の賠償責任を定めた規定ではないと解する。しかして、本件損害は、前記林道の設置工事に伴つて生じたもので右林道自体の瑕疵によつて生じたものでないことは、すでに述べたところによつて明らかであるから、原告の右主張も採用することができない。

(三)  注文者としての責任

さらに原告は、被告には、本件工事の注文又は指図につき過失があつたから、被告は民法第七一六条の責任を免れることはできない旨主張するが、本件注文又は指図につき被告に過失のなかつたことは、前記(一)において説示したとおりであるから、原告の右主張もまた採用の限りでない。

(四)  使用者としての責任

最後に原告は、被告は使用者としての責任を負う旨主張するので考えるに、被告と岡谷組との間の本件請負契約書及び仕様書には、本件工事につき被告が岡谷組に対し詳細な指示監督をなす旨規定され、かつ被告が殆ど毎日本件工事現場に係員を派遣していたことは前記(一)において述べたとおりであるが、右はただ本件工事が注文どおりに完成することを確保する手段にすぎなかつたことも前述したところであり、さらに証人佐々木三雄、証拠保全手続における証人美才治要次郎の各証言を総合すると、被告は岡谷組に対し本件岩石の切捨てについて何ら具体的な指示を与えなかつたばかりでなく、本件工事全般についても岡谷組は自主的な判断で注文の趣旨にしたがい具体的な工事方法を選択し施工したことが認められるのであつて、かような事実関係のもとにおいて被告と岡谷組との関係を民法第七一五条の予定する使用者と被用者との関係と見ることはできないから、原告の右主張もまた理由がないこととする。

(結論)

四、以上のとおりであるから、その余の争点につき判断するまでもなく、原告の本訴請求は理由がないので失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 江尻美雄一 中島一郎 兵庫琢真)

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